2009年06月21日

新聞販売とは特定商取引に関する法律を始めとする

日本では、新聞販売とは特定商取引に関する法律を始めとする各種法律、法令を無視した強引な勧誘・売り込みが横行しているとの認識があり、新聞拡張団がその担い手であるとの非難もあるが、新聞がその問題点について記事を掲載することは極めて少なく、各新聞社は勧誘トラブルについて「別会社、取引先のことで関係無い」という態度を採っている。新聞発行部数に比例し、朝日新聞と読売新聞の販売員に関する苦情がとりわけ多い。また、訪問目的を偽る新聞拡張団は現在も存在する。

なお特定商取引に関する法律の第3条に「販売業者又は役務提供事業者は、訪問販売をしようとするときは、その勧誘に先立つて、その相手方に対し、販売業者又は役務提供事業者の氏名又は名称、売買契約又は役務提供契約の締結について勧誘をする目的である旨及び当該勧誘に係る商品若しくは権利又は役務の種類を明らかにしなければならない。」とある。若干の改善を行っている団体はあるものの、新聞拡張団の大半はこの条項その他に違反した言動を行なっている。
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かの付く言葉
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債券
クリケット
通訳
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脅迫による押し売りは日常茶飯事であり非常に迷惑な存在であるが、売り上げにかかわるため新聞自体がその問題点について記事にしたり啓発することは少ない。新聞拡張団の中には暴力団の構成員も相当数いるといわれており、暴力団の重要な資金源となっている。関東では特に住吉会系暴力団員が多いとされており、販促品として使用される野球のチケットが大量にダフ屋に流れている。このような形態から「エリート(もしくはインテリ)が書いてヤクザが売りバカが読む」と揶揄され、新聞界最大のタブーといえる。啓発は専ら消費者団体、国民生活センターや各地の消費者センターが行っている。

暴力団とのつながり [編集]
新聞販売店、新聞拡張団の一部には暴力団と密接なつながりを持つものもいると言われている。

以前よりは減ったとはいえ、ヤクザまがいの言動をするような昔ながらの新聞拡張団員は未だに数多く生き残っている。末端の団員クラスで実際に暴力団員との結びつきのある者がいると言われており、週刊誌などでも団の背後に暴力団員が控えていると度々報道されている。

新聞販売店への負担 [編集]
強引な勧誘によって契約した読者には、当然のことながら悪いイメージを植え付ける事となりトラブルも多い。その後処理は専ら、新聞販売店側で行うこととなる(新聞販売店の問題点も参照)。

近年の無読層増加による契約数の減少のため、契約カードの営業報酬のみでは団の維持が困難となっている。このため、「引き継ぎ料」や「手付け金」などの名目で補助1を請求する事が増えている。この補助費にはその明細や用途が不明確なものが多く、新聞販売店の経営を圧迫する要因の一つともなっている。

2009年06月03日

設備投資

設備投資(せつびとうし)とは、企業が事業に用いる設備に対して行う投資のこと。国内総生産を構成する主要な要素の一つであり、景気に与える影響が大きい。

投資対象となる設備は、有形固定資産(長期にわたって利用する資産のうち、半導体製造装置などの生産を行うための機械、事業所・店舗などの建物、搬送用の車輌、工具備品など)と、無形固定資産(長期にわたって利用する資産のうち、ソフトウェアや電話加入権、特許・商標権など)とに分かれる。

設備投資を論ずる場合、有形固定資産を指すケースが多かったが、ITバブルの頃から無形固定資産(主としてITへの投資)にも注目が集まるようになってきた。

設備投資は、工場や船などの資本ストックを増加させ、経済の生産力を高める。資本装備が増加することで、労働生産性が上昇し、潜在成長率を高めることが出来る。
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需要面 [編集]
設備投資は、投資額が乗数効果によってより大きな消費となるため、経済の需要を高める。需要の増大は、設備投資による生産増大を正当化し、需給が共に伸びる黄金状態をもたらす。設備投資が乗数効果を持つのは以下の理由があるからである。

投資する事業会社にとっては投資キャッシュ・フローが赤字になるだけで、会計上は減価償却を行い赤字にならない。一方で設備や工場を販売した側にとっては売り上げとなり、従業員の給与や会社の利益となる。このように社会全体で見て会計上の利益が投資によって増大する。そのために、経済全体が活気付き消費が増大するのである。

一方で、設備投資が低調になるとキャッシュフローは黒字でも、会計上の利益が出ない場合があり、経済全体が停滞する。

使われ方 [編集]
設備投資は、景気動向を判断するための指標としたり、設備投資計画と企業収益などから投資意欲をみるために使われたりする。統計で設備投資を見る際には、統計によって調査対象範囲が違う、土地購入費の取り扱いが違うなどの差がある。

2009年04月30日

コンコードの民兵達

コンコードの民兵達は、レキシントンで起こったことを知らなかったので、近くの町からの応援が来るまで待つべきか、町に残って防御に徹するか、あるいは町の東に動いて有利な地形からイギリス軍を出迎えるべきかを決めかねていた。イギリス軍が近づくにつれて彼らはこのすべてのことをやった。ある丘の上からはスミスが軽装歩兵を配置に着かせるのを民兵達が見守っていた。その民兵は町への撤収を始めた。町の中の丘を占領していた民兵は次に何をすべきか議論していた。イギリス軍の背後から近づいていく者もいた。リンカーンの民兵が到着し議論に加わった。緊張した空気の中で、バーレット大佐はコンコードの町を諦め、オールド・ノース・ブリッジを渡って町から約1マイル北の丘の上に移動した。そこからはイギリス軍の動きを見守ることができた。

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スミスの部隊はゲイジの命令を実行するために幾つかの部隊に分かれた。第10連隊の擲弾兵中隊はマンディ・ポール大尉の指揮でサウス・ブリッジを確保した。パーソンズ大尉の指揮する軽装歩兵7個中隊はバーレットの部隊に近いオールド・ノース・ブリッジを確保した。パーソンズ大尉は4個中隊を連れて、橋を過ぎ2マイル (3 km)の道路を進み、バーレットの敷地を探した。一方2個中隊は橋を戻って帰路を確保し、1個中隊が橋そのものの確保に残った。

擲弾兵中隊は、王党派諜報員の詳細情報に従って、軍需物資を求めて小さな町を捜索した。擲弾兵がライトの酒場に到着したとき、ドアに閂が降りており、店主が中に入ることを拒んだ。町の王党派の証言では、ピトケアンはその辺りに大砲が埋められていることを知っていた。店主に銃口を突きつけ、大砲が埋められている場所を教えるように要求した。擲弾兵は村の集会所で発見した大砲の台車を燃やした。その火が集会所そのものに燃え移った時、兵士や村人が集まってきてバケツリレーで建物を救おうとした。樽で100杯近くの小麦粉と塩漬けの食物と550ポンドの銃弾が水車用貯水池に投げ込まれた。スパイクで固定された大砲は翌日補修され(壊された砲耳や、ハンマーで打たれた砲口はそのままだった)、銃弾も回収された。

バーレットの家は数週間前は武器庫となっていたが、その時はほとんど何も無かった。家族に伝わる話では、残っているものも畑の畝の間に埋められ、穀物が植えられているかのように見せていた。

2009年04月15日

愛国心

愛国心(あいこくしん、英:patriotism)愛国(あいこく)、とは、国民が自らが育った、あるいは所属する社会共同体や政治共同体などに対して愛着ないし忠誠を抱く心情である。

一口に「愛国心」といっても、話者によってその意味するところには大きな幅がある。愛国心の対象である「国」を社会共同体と政治共同体とに切り分けて考えると分かりやすい。

社会共同体としての「国」に対する愛着は「愛郷心」(あいきょうしん)と言い換えることが出来る。
政治共同体としての「国」に対する愛着は「忠誠心」(loyalty)と言い換えることが出来る。
愛国心によって表出する態度・言動の程度は様々で、郷愁(仏:nostalgie)から国粋主義(英:nationalism)まで幅広い。よってこれらを十把一絡げに「愛国心」と表現することもできるため、その内容は往々にして不明確である。また、愛国心を訴える事は政府側からのみでなく、反政府側からも行われることである。

政府側の期待する「愛国心」は現政府に対する「忠誠心」と解釈できる。
反政府側の訴える「愛国心」は革命後の新政府に対する「忠誠心」もしくは国家体制に関わらない「愛郷心」と解釈できる。
また、愛国心は大衆を煽動する道具とされてきた一面もある。特に戦時において大衆を動員するために利用された。

バーナード・ショーのような文化人や反戦主義者、平和主義者は愛国心こそが戦争を起す最大の要因であると説いた。

国家存続の危機たる戦争時には、無政府主義者ですら、国粋主義的愛国心 に自主的に転向する事例もある。

愛国心教育 [編集]
「愛国心」は概ね国家にとって望ましい感情と見なされている。為政者が「愛国心」を危険視し排除しようという教育は、他国による被占領地域において見られる。例えば第二次大戦時のポーランドや、日韓併合後・植民地時代初期の朝鮮など。

占領下にない独立国では愛国心を育てる教育を行う国がほとんどである。この点で、「愛国心」高揚を意識的に避けてきた第二次大戦後の日本、東ドイツ、また比較的遠慮がちであった西ドイツの教育は、少数派であったといってよい。その理由として、三国とも「愛国心」高揚・民族主義的高揚の果てに敗戦を迎えたことから愛国心や民族主義がタブー視されたことなどが挙げられる。東ドイツの場合は敗戦に加えて、占領下ではないとしても大国の強い影響下におかれた衛星国であることや分断国家のもう片方が民族主義的な正統性を得ていたことが理由として挙げられている。

戦前戦中日本における愛国心教育 [編集]
教育勅語、皇民化教育をはじめとして、徹底的な国家に対する愛国(忠誠)心教育が実施された。政府が世論を掌握するに効果的であった一方、精神論偏重の弊害を生んだとも言われる。昭和天皇も戦後、皇太子(現天皇)に宛てた手紙で、敗因を「軍部が精神に重きを置き過ぎ、国力の差を軽視した」と述べて批判している。

戦後日本における愛国心教育 [編集]
太平洋戦争敗戦後の日本では、日本が戦争を起こすに至ったのは盲目的な愛国教育によるところが大きいとの認識より、左派の日本教職員組合などは「お国のために」をタブー視した。例えば、教育現場で公的なものとして日の丸掲揚・君が代斉唱を行うことには強く反対した。このように、愛国心(忠誠心)教育は一部の学校を除いて実施されてこなかった。

近年になり、「自分の命を賭しても国を守る」といった国家に対する盲目的な愛国心(忠誠心)は希薄となったと言われている。同時に、伝統や文化に対する愛着ないし誇りからくる愛国心(愛郷心)も希薄になったのではないかと危惧されている。オリンピック、サッカー・ワールドカップ等のナショナルイベント時に自然発生的に見られる愛国心(愛郷心)の存在をして、形が変化しただけであるとする意見もあるが、それらの愛国心(愛郷心)は従来から存在するものである。

一方では、愛国心(愛郷心)の希薄化が、愛国教育の欠如(戦後民主主義教育の一側面)によってもたらされたものとし、本来その国の民として自然な感情であるはずの伝統や文化に対する愛着ないし誇りからくる健全な愛国心(=愛郷心)を育てることの必要性を訴える人々がいる。これらの人々は、現在の日本の教育はそれらの芽を摘み取るような自虐史観的な偏向教育だと主張することが多い。この動きから少し遅れて、2002年度に新学習指導要領がはじまり「国を愛する心情」の育成が小学6年生・社会科における学年目標の一つに加わった影響から、福岡市をかわきりに全国の小学校で通知表の社会科の評価項目に「国」や「日本」を愛する心情を盛り込む公立小学校が増えつづけている。

他方では、「国による愛国心(愛郷心)教育」は「愛国心(=忠誠心)教育」と不可分であり、容易に軍国主義へと繋がってしまう危険性があると訴え警戒している人々がいる。2002年に同様の心情を通知表で3段階評価した福岡市のある小学校に対して、福岡県弁護士会が思想・良心の自由を侵害するものとして警告書を送っている。

メイン フェムト ブレンダー オーダ ジャッキ プロデ ハンド ヨーグルト ひょう リゾット しゅうばつ メーター ダンク デマンド サイトゲ バオアン アコウ カーレ アオイル カーネル モルヒ スター メトロ アシカ センチュリー カルーセル サラダ キャメ バック レイヤー 笑い話 風の子 リットル オジギソ りゅうら 宝石箱 ダンス ウンディー リベット アウテ ビー ジャケブル イバナ バタフラ いもがゆ トラックク レース バズーカ コリドー ブレーク

2009年03月31日

千代の富士貢

千代の富士 貢(ちよのふじ みつぐ、本名:秋元 貢(あきもと みつぐ)、1955年6月1日 - )は、大相撲の力士で、第58代横綱。北海道松前郡福島町出身。身長183cm、体重127kg。現在は年寄・九重。現役時代の異名・愛称はウルフ、大将。血液型はA型。夫人は進藤喜平太(第二代及び第五代玄洋社社長)の曾孫で、進藤一馬(第十代玄洋社社長、元福岡市長)の姪孫。

史上最多の通算勝星・1045勝、1988年(昭和63年)5月場所7日目から11月場所14日目までの53連勝[1](史上5位)など、数々の栄光を手にした史上有数・昭和最後の大横綱。小兵ながら速攻と上手投げを得意にして一時代を築いた。 右四つ、左前廻しの体勢から、自分よりも大きな相手をぐいぐいと寄り切ったり、一瞬の呼吸で投げ飛ばすさまはファンを熱狂させた。四股の美しさも特筆すべきもので、高々と頭の高さほどまで上げた足が空中で一瞬静止したのち、力強く踏み下ろされるまで、体には僅かなぶれもない堂々たる四股だった。

少年時代~入門まで [編集]
漁師の息子として生まれた。漁業の手伝いで足腰が鍛えられ、少年時代からスポーツ万能。特に陸上競技では走高跳、三段跳で地方大会に優勝し、オリンピックにもいける、といわれた逸材だったという。

中学時代虫垂炎の手術をした際、彼の腹の筋肉が厚くこれにてこずっているうちに、予定を大幅に上回る長時間の手術になってしまい、終わる前に麻酔が切れた。それでもなお耐え続ける貢少年を見た執刀医は感心して知り合いにこの話をした。その知り合いというのが、かつて千代の山(後の九重)をスカウトした若狭龍太郎で、その後貢少年が運動神経を買われて町の相撲大会に引っ張り出され、勝ちを収めたと聞いた若狭はスカウトに乗り出す。話を聞いた九重も若狭と共に乗り出し、直々に説得。本人は相撲に興味がなく、両親も反対したため断わったが、「入門するなら飛行機(YS-11だったらしい。当時は夢の乗り物であった)に乗れるよ」また「中学の間だけでもやってみて、後のことを考えたら」と持ちかけられ、結局貢少年は家族の反対を押し切って九重部屋に入門を決めた、というある意味子供らしい逸話がある。

現役時代 [編集]

初土俵~幕内定着 [編集]
本名で初土俵を踏み、翌場所には大秋元と改名。その後、千代の冨士、後に点をつけて千代の富士となる。相撲は始めたが、転入した中学でも陸上を続け、区大会入賞するなど活躍、中学卒業後は帰郷するつもりでいた。しかし土俵での成績も概ね好調で、逸材を手放すのを恐れた師匠は、後援会に世話を頼んで貢少年を明大中野高校に通わせる。高校で学業と相撲の両立をはかったが困難となり、退学して相撲に専念することに決し、ここに至って貢少年は本格的に力士の道を歩むことになる。

千代の富士の四股名の由来は、師匠の四股名である「千代の山」と同じ部屋の先輩横綱「北の富士」。異名の「ウルフ」については、魚を捌いていたところを見た師匠が「狼みたいだな」と言ったことからついた。当初は狼と呼ばれていたのがいつしか変化したそうで、これを聞いた当時の春日野理事長は「動物の名前で呼ばれる力士は強くなる、儂はマムシだった、狼は若乃花の昔のあだ名だ」と言ったという。

小兵ながら(幕内定着の頃まで体重は100kg以下)気性の激しさを表す取り口で順調に出世して、史上初の5文字四股名の関取になり、1975年(昭和50年)9月場所で新入幕。しかし相撲の粗さもあってその後幕下まで陥落するが這い上がって1978年(昭和53年)1月場所には再入幕する。ところが、今度はそれまでも課題ではあった先天的に両肩の関節のかみ合わせが浅いという骨の形状からくる肩(特に左)の脱臼癖が顕在化する。取り口も力任せの強引な投げ技を得意とするものだったため更に肩に負担がかかり、度重なる脱臼に悩まされた。1979年(昭和54年)3月場所播竜山との取り組みで右肩を脱臼して途中休場し、入院して脱臼との戦いを強いられることとなる。この時、肩を筋肉で固めるという対策に活路を見出し、毎日500回の腕立て伏せやウェイトトレーニングに励んで脱臼を克服した。

翌5月場所は十両に陥落したものの怪我が取組中であったため、公傷制度を利用して肩の治療に専念するはずであった。しかし、手続きの不手際で公傷と認められないことが場所の直前に発覚。3日目から強行出場することとなったが、9勝を挙げて翌7月場所に幕内に復帰。以後は着実に力をつけ、幕内上位に定着することとなる。

三役から横綱へ~ウルフフィーバー [編集]
肩の脱臼癖もあってそれまでの強引な投げから、前廻しを取ってからの一気の寄りという形を作りあげ、1980年(昭和55年)3月場所から幕内上位に定着し、人気者となる中、同年11月場所に新関脇。この場所は11勝を挙げ、大関を目前として1981年(昭和56年)を迎えた。

1981年(昭和56年)1月場所、横綱北の湖との優勝決定戦を制して初優勝し大関昇進。千秋楽が行なわれた1月25日の大相撲中継視聴率は、52.2%、瞬間最高で65.3%に及び、これは今に至るまで大相撲中継の最高記録である(ビデオリサーチ調べ)。3月場所、5月場所と連続して千秋楽まで優勝争いに残り、横綱昇進が懸かった7月場所に2度目の優勝を果たして横綱に推挙される。横綱土俵入りは師匠と同じ雲龍型を選んだ[1]。このとき2代目千代の山の襲名を打診されたが、これを「横綱2人分の今の四股名のほうが強そうだから」と断っている。

新横綱となった同年9月場所の2日目、ライバルと言われた隆の里との取組で場所前から痛めていた足を負傷し、新横綱が途中休場という憂き目を見る(新横綱の休場は昭和に入って武藏山、吉葉山に次いで3人目)。新横綱誕生の期待が失望に変わり、「11月場所は進退が懸かる」などと報じたマスコミもあった。しかし、11月場所では朝汐との優勝決定戦を制し、横綱として初優勝を飾ることで見事な復活を見せた。隆の里はその後も千代の富士の天敵と言えるような存在で、千代の富士を長く苦しめることになった。

この1981年には、同一年中に関脇、大関、横綱の3つの地位で優勝するというかつてない記録を達成した。関脇から横綱へと駆け上がるとともに、新横綱での挫折、翌場所の復活優勝と、1981年は千代の富士にとって激動の1年であったと言える。こうした事情から、関脇千代の富士(不詳)、大関千代の富士(テレビマガジンにおける永谷園「味ぶし」の宣伝に登場)と記された各種記録は数が多くない。

この時期の千代の富士は、細身で筋肉質な体型と精悍な顔立ち、そして豪快でスピーディな取り口から、若い女性や幼い子供にまで知名度が高まり、一種のアイドル的な人気を得ていた。とりわけ一気に大関・横綱への昇進を決めた1981年は「ウルフフィーバー」の年として記憶されている。千代の富士の取組にかかる懸賞の数は他の力士に比べて圧倒的に多く、懸賞旗が土俵を一周してまだ余るような状態だった。

横綱時代 [編集]
1982年(昭和57年)には3連覇を達成した。横綱昇進後の最初の3年間は強い時は強いが、やや頼りない部分も見受けられ、特に1984年(昭和59年)は年明けから振るわず、3月場所は右股関節捻挫で中日から途中休場。翌5月場所は2年ぶりの優勝を目指す北の湖に一方的に寄り切られて11勝止まり。7月場所は左肩の脱臼で全休。9月場所は入幕2場所目の新鋭小錦の突き押しにあっけなく土俵を割り、場所後横綱としての責任を問われる羽目になってしまった。11月場所は久々に優勝したが、翌年は30歳を迎えるという年齢的な面から一時は限界説も流れた。しかし、千代の富士にとって本当の黄金時代は30代に入ってからであった。両国国技館のこけら落としとなった1985年(昭和60年)1月場所は全勝優勝で最高のスタートを切り、5月場所から廻しの色が「青」から「黒」に変わり、この年史上3人目となる年間80勝を達成した。さらに、1986年(昭和61年)5月場所~翌年1月場所まで5連覇を達成した。1987年(昭和62年)前半は僅かに崩れ、千代の富士時代は終わりに近づいたとの声もあり、「次の時代を担う力士は誰か」というアンケートまで実施された。しかしその声を打ち消すかのように、1988年(昭和63年)5月場所7日目から11月場所14日目まで53連勝。他を寄せ付けない圧倒的な強さで、昭和50年代後半から平成初期にかけての「千代の富士時代」の中でも、昭和最後の4年間は驚異的な成績を残した。ちなみに、53連勝でストップした大乃国との一番が奇しくも昭和最後の一番となる。

その強さもさることながら、均整のとれた筋肉質の体格(183cm・126kg体脂肪率10.3%)、逞しさ漂う風貌でも人気を集めた。また、人気漫画『キン肉マン』のキャラクター「ウルフマン」(アニメ版ではリキシマン)のモデルにもなっている。引退した年の1991年(平成3年)にも、アニメ『ゲンジ通信あげだま』に千代の富士並みの力を得られる「ウルフカード」というアイテムが登場している(番組前半の登場であるため、おそらくデザインされたのは引退前と思われる)。

幕内→大関→横綱と一気に昇進してしばらくは絶大な人気を誇ったが、あまりの強さにファンがやや飽きたこと、若手のライバル北天佑の実弟(千代の富士と同じ九重部屋に所属、目に余る素行不良でいわゆる「かわいがり」を受けた)を稽古でリンチまがいにシゴき重傷を負わせたという疑惑が起きたこと、週刊誌などの大相撲八百長疑惑報道で名指しされたことなどで、やや人気が低迷した時期もある(高鐵山孝之進、板井圭介を参照)。

角界屈指のゴルフ好きだが、元々休みの日は麻雀や、ファミコンに夢中の彼に対して、北の富士(当時:九重)は「健康的な休みを取らないとダメだ!」と、無理やり彼をゴルフに連れて行った。しかし、初めてのゴルフのハーフで40台を出し、ワンラウンドを86で回って、九重のスコアより良かった彼は「いやぁ、ゴルフっていいですねぇ!」と、北の富士のメンツは丸つぶれ。この日を境に、千代の富士はゴルフに狂い出した程。

横綱として全盛期を極めていた当時、テレビ番組、特に生放送の番組に出演することは稀であったが「夜のヒットスタジオDELUXE」(フジテレビ系)には1985~1987年まで3回、特別ゲストとして番組オープニングからエンディングまで出演している。これは当時の同番組司会者であり、千代の富士、及び師匠の九重との親交がある芳村真理の誘いを受けての出演であった[2]と言われている。特に初めて番組に顔を出したときには、アン・ルイスが吉川晃司との過激なパフォーマンスを展開し物議を醸した回であり、歌の最中、千代の富士は明らかに不機嫌な表情を浮かべながらその一部始終を見届けており、その形相を気にした芳村真理が、話題をそらそうとして千代の富士に頻繁に話しかけている様子が確認されている。

1989年(平成元年)3月場所14日目に大乃国を破って優勝を決めたが、この一番で左肩を脱臼。翌日の千秋楽が不戦敗となり、表彰式では左手にテーピングを巻いて登場。片手で賜杯を手にした。6月に、同年2月に誕生したばかりの三女をSIDS(乳幼児突然死症候群)で亡くす不幸に見舞われる。千代の富士の家族をはじめ、千代の富士自身も精神的なショックが大きく、もう相撲が取れないのではないかと思われた程だった。しかし直後の7月場所は首に数珠を掛けて場所入りし、成績は12勝ながらも千秋楽の優勝決定戦で弟弟子の北勝海を下して、神がかり的な優勝を果たした。涙ながらに「供養になった」という言葉は、相撲ファンに大きな感動を与えた。翌9月場所に通算勝ち星の新記録を達成し、9月28日に大相撲の世界で初めての国民栄誉賞受賞が決定した。この日は先代九重の千代の山の13回忌が行なわれた日でもあり、この時千代の富士は「苦労をかけた師匠にいい報告ができます」と言ったそうである。これにより協会は一代年寄千代の富士貢を満場一致で承認するが、本人は九重(北の富士)とも相談のうえでこれを断わっている[3]。
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1990年(平成2年)1月場所には優勝回数を30と大台に乗せた。翌3月場所の7日目には花ノ国戦の勝利で前人未踏の通算1000勝を達成した。しかし5月場所と7月場所は旭富士に優勝を奪われ、千代の富士は2場所連続準優勝に終わり、旭富士の横綱昇進の引き立て役になってしまった。更に夏巡業で左足を痛めて9月場所を全休。35歳という年齢から引退を囁かれたが、11月場所に復帰して4横綱がいる中14日目に31回目の優勝を決め、同時に幕内通算804勝目を上げて北の湖と並んで史上1位タイとして貫禄を見せ付けた。翌1991年(平成3年)1月場所初日に幕内通算805勝目を上げ、史上単独1位としたが翌日の逆鉾戦で左腕を痛めて途中休場。翌場所も全休した。そして1991年5月場所初日に当時18歳の新鋭貴花田、三日目に貴闘力に敗れ、35歳11か月で気力・体力の限界を表明して引退、「小さな大横綱」として歴史に名を刻んだ。引退相撲、断髪式は1992年1月場所後に行われた。

弟弟子の北勝海との稽古は壮絶な物であったと言う。が、その甲斐もあって、北勝海は1987年(昭和62年)7月場所に横綱に昇進している。さらに、1989年(平成元年)7月場所では千代の富士は、その北勝海と史上初の同部屋横綱優勝決定戦で対戦し、優勝している。北勝海本人も「大将(千代の富士)がいたおかげで、自分も横綱になれたと思う」と語っており、千代の富士の指導力ならびに影響が如何に大きかったかを物語っている。事実、千代の富士が横綱昇進を決めた時は関取は千代の富士だけだったが、その後は北勝海を筆頭に、孝乃富士や巴富士らが関取に昇進している。当の千代の富士本人も、「北勝海との猛稽古がなかったら自分の力士寿命はもっと短かったかもしれない」と語っている。

また、北勝海の横綱昇進に伴い、同部屋に横綱が2人となったため、力士が2人をどう区別して呼ぼうかと迷った際、北勝海の提言で、千代の富士を「大将」と呼ぶ様にさせた、という話も残っているが、横綱となった身の者が、先輩横綱という意味のみならず、ワンランク上の横綱、と見ていた存在感の大きさを現すエピソードである。

横綱土俵入りは四股も美しく、全体として気合の入った土俵入りで、かなり上手い部類に入る。重い横綱を付けた状態で、上げた足が頭より高い位置に達する(参考画像)のは、千代の富士のほかにはほとんど例がない。また取組前の入場時には両手で下がりを持ち、制限時間いっぱいになった時には、頭を下げて、廻しを右手で叩いてピンク色のタオルを受け取り、必ず左右の腋の下の後に顔面の汗を拭くなど、几帳面に見えるほど、礼儀作法を重んじている。

2009年03月17日

紫宸殿

御所の正殿で、天皇の即位式、立太子礼などの最重要儀式が執り行われた最も格式の高い建物である。白砂の南庭(なんてい、だんてい)に面して南向きに建つ。入母屋造、桧皮葺の高床式宮殿建築の建物で、平面は33メートル×23メートルほどの規模がある。建具は蔀戸(しとみど)が使われている。規模は大きいが、華美な装飾のない、簡素な建物である。構造は中央の母屋の東西南北に庇を付した形になる。
チモール ジョリティ ジルバ マンボ サーチガム ロズウ いととく ペクトル オフロ スマトラ ネック ショルダ バンジョ キャリア ハマユ タッグ ユーコン JAPAN いちにいさん 天徳 バキュ バンパイア コンヒ ナビミット ツツジ コート おおだま マングース ビーバー ホルダー しょく コチュカル パラペ フレー ビエンナ フリー ライス 王の行進 マイクラ レジス サンセ ドラマ オール ビショ きたひろ ナンプレ クロス マモモ モノク リュート

内部は板敷きの広い空間となり、中央に高御座(たかみくら、天皇の座)、その東に御帳台(みちょうだい、皇后の座)が置かれている。高御座、御帳台ともに高さ約5メートル、平面八角形で、柱と柱の間に帳(とばり、カーテン)をめぐらし、内部には椅子が置かれている。高御座、御帳台の背後の襖は「賢聖障子」(けんじょうのしょうじ)と呼ばれ、中国古代の賢人32人の肖像が描かれている。これは平安時代からの伝統的な画題である。現在の高御座と御帳台は、大正天皇の即位礼に際し、古制に則って造られたものである。今上陛下の即位礼の際には、一度解体した後、東京の皇居宮殿に運ばれて使用された。建物正面の階段の左右には「左近桜」と「右近橘」の木がある。

清涼殿
紫宸殿の背後西側にあり、東を正面とした建物。入母屋造、桧皮葺の寝殿造の建物で、建具に蔀戸(しとみど)を使う点などは紫宸殿と共通する。本来は天皇の居所兼執務所であったが、天皇が常御殿に居住するようになってからは、清涼殿も儀式の場として使われるようになっている。

本来、居住の場であった名残で、建物内は紫宸殿よりは細かく仕切られている。中央の母屋には天皇の休憩所である御帳台(みちょうだい)がある。その手前(東側)には2枚の畳を敷いた「昼御座」(ひのおまし)がある。ここは天皇の公式の執務場所である。母屋の北側(建物正面から見て右側)には四方を壁で囲われた「夜御殿」(よんのおとど)がある。

これは天皇の寝室であるが、天皇の居所が常御殿に移ってからは形式的な存在になっていた。この他に西側(裏側)には鬼の間、台盤所(だいばんどころ)、朝餉の間(あさがれいのま)、御手水の間(おちょうずのま)、御湯殿があり、南側には殿上の間がある。これらの部屋の障壁画は宮廷絵師の土佐派が担当している。また、建物正面の庭には「漢竹」(かわたけ)、「呉竹」(くれたけ)が植えられている。

2009年03月01日

普段は大食いで怠け者なふとっちょ船長

キャプテンファッツ
声 - 伊藤健太郎
バトシーラーの主人公。普段は大食いで怠け者なふとっちょ船長「キャプテンファッツ」だが、やせる行為(走ったり、汗をかいたり、酷いときには火にあぶられたり)を行うと、一転して頼れる美形ヒーロー「キャプテンガッツ」に転身する。キャプテンガッツの時はその容姿と武勇に惹かれる女性も多い。元々はガッツの姿だったが、鬼影に敗れた際に妹が行方不明になり、その悲しみからやけ食いしてファッツになった。妹とは後に再会を果たしたが、当初は妹が記憶喪失になっていたこともあり、お互いを認識出来なかった。スタッフによると年齢は20代らしい(本編で言及されたことは無い)。スーパーフェニックスという鳥を連れているが、普段は太った鳥の着ぐるみを着て「キブトリ」と称している。全ての戦いが終わった後、シーホース号にはそれまでの倍以上に太って食事を楽しむファッツの姿があった。
因みに『大航海』では、序盤の頃から積極的にダイエットしガッツの姿でいることの方が多かった(服装などは『痩せたファッツ』というような出で立ちであった)が、逆に漫画『ガッツとオルカの冒険伝説』では、ファッツの姿が本来の姿でキャプテンガッツの姿はピースストーンの力によるものという設定である。
またアニメでは全キャラ中唯一、自分の属性(水)以外のピースストーンでのスーパー転身が可能であり、本編で見せた転身パターンは、以下の通り。
スーパーガッツアクア(水のピースストーン)
スーパーガッツメタル(金のピースストーン)
スーパーガッツオーク(木のピースストーン)
スーパーガッツエアロ(風のピースストーン)
スーパーガッツフレイム(火のピースストーン)
スーパーガッツアース(土のピースストーン)
スーパーガッツシャドウ(闇のピースストーン)
スーパーガッツセイント(光のピースストーン)
これらスーパー転身中に食べ物の事を考えると、転身に失敗して「スーパーファッツ」となってしまう。
シールでは第一弾から登場、ピースストーンゲットシール(水)のキャラクターでもあった。当時の設定では、「レディメイドが持つダイエット剤を注射される事で三分間だけガッツに転身する」となっていたが、マンガ二作とアニメの全てを見てもその設定通りに転身したのは『大航海』のみ(二回)である。
第二弾ではスーパーガッツアクア、アース、スーパーファッツがラインナップ。三弾ではエアロとメタルがラインナップされ、ゲーム特典として世に出ている。
ジャンヌザル
声 - 鶴野恭子
準主人公で物語の進行役。光の戦士で、年齢は14歳。ガッツ同様、本編では年齢に言及されていない。ガイの呪いでサルの姿に変えられているが、清らかな水や涙に触れる事で本来の姿「ジャンヌザルク」に転身する。光のバトシーラーでもあり、「光のピースストーン」で「スーパージャンヌザルク」にスーパー転身する。その際の必殺技は「シャイニングソード・スーパー」。なお、アニメ版では彼女はガッツとファッツが同一人物であることに気づいておらず、ファッツにはいつも怒鳴り散らしているが、ガッツに対しては何処からともなくあらわれる正義の味方として淡い恋心を寄せていた。(だが全ての戦いが終わった後にようやくファッツがガッツであることに薄々感づき始めたが、理性で否定した為、結局最後まで気付く事はなかった)。「ウッキー!」が口癖。終盤、ガイが改心した証として呪いを解かれたが、その後しばらくは怒るとサルの姿に一瞬戻ってしまうということがあった。因みにジャンヌザルクの姿でも尻尾が生えているが、これは彼女がサルの姿にされる前からあった模様(呪いが完全に解けてからも、残っていたため)。一時期予言者ガイの力で、トラの姿「ジャンヌガルー」になっていたこともある。
ボンボンの記事によると「由緒正しいザルク家の若き当主。ファンシーな小物に目が無い」。
シールでは第一弾から登場。転身方法は「ゴルゴネスの持つ解毒剤を使う事」とされていた。二弾ではピースストーンゲットシール(光)のキャラクターとなっていた。三弾でスーパー転身版がラインナップされていたが、世には出なかった。
オルカ
漫画『仰天人間バトシーラー 〜ガッツとオルカの冒険伝説』の主人公で、15歳の少年。キャプテンガッツに憧れており、いつかガッツと共に海に出ることを夢見ていた。ゲーム版にも登場している。
つちわらし
声 - 渡辺久美子
土の国の男の子。漫画版では終盤しか現れず、ごく僅かな出番となっていたが、アニメでは実質的な主人公であり、基本的に物語は彼の視点から語られ、ナレーションも彼が担当している。ガッツ(ファッツでも)に憧れており、ガッツが違う属性にスーパー転身するたびに感激していた。いつもハート型のサングラスをかけているが、素顔は可愛らしい。天真爛漫を絵に描いたような性格で、誰とでもすぐに仲良くなる。基本的に穏やかな性格だが、年相応のやんちゃさもある。また、同じように年齢の近い「やまび子」のことを意識している模様。当初は自分だけ転身出来ないことにコンプレックスを感じていたが、4話で「つちんこ」への転身を成功させる。チョコレートが好物で、筒状の容器に入れて携帯しており、お近づきの印として、他人に与えることも。土のバトシーラーであり、「土のピースストーン」で「スーパーつちんこ」にスーパー転身出来るようになる。数人の仲間達と共に後半で一度ファッツ達とはぐれ、他の仲間達が順にファッツ達と合流していく中、最後に再会する。そのときには、精神的にも一回り大きく成長していた。最終決戦ではガッツにピースストーンを届け、彼の勝利に貢献する。
ペットとして「ツチノコ」(通称「ツッチー」)をつれている(つちわらし転身時には彼も石化、スーパー転身時にはつちわらしと融合して鎧になる)。
シールでは第二弾で登場。ピースストーンゲットシール(土)のキャラクターでもあった。ジャンヌ同様三弾でスーパー転身版がラインナップされていたが、世には出なかった。
苦悩騎士=ウェーブナイト
声 - 星野充昭
ガッツの古くからの戦友で、いつも苦悩している漆黒の鎧を纏った騎士。手にした槍は実はビーム砲。「シャークライダー」というサメ型マシンを持っている。苦悩が頂点に達すると開き直って「能天騎士=ウェーブライト」に転身し、お気楽・脳天気な性格になる。この状態では負け知らずであり、破滅の魔王さえも音痴な歌の破壊力で怯ませるなど、はっきり言って無敵。しかしナイト状態でガイの呪いを受けた「タタリガメ」に噛まれて「ウェーブナイト・タタリ」になってしまい、後半はほとんどガイ一行として行動していた。なお、この姿のときに敗れるとドリフの加藤茶が演じる貧乏流しのような弾き語り、「ウェーブライト・タタリ」に転身する(「ライト」という名前に反して暗い)。終盤、「オハライオン」の力で元の姿に戻った。シールでの設定は「レディメイドのボディガード」。マンガ版とゲーム版ではレディメイドに想いを寄せている。ちなみに『冒険伝説』では普段は鎧を取った姿でいる。
シールでは一、二弾と続けてラインナップされ、三弾でタタリとしてラインナップ。ゲーム特典として世に出ている。
レディメイド
声 - 柚木涼香
やはりファッツの古くからの仲間であり、一行のマドンナ的存在の人魚。普段はメイドの姿だが、転身するとふつうの足(『冒険伝説』では普段から普通の脚)になり、戦闘などもこなす。天然ボケと大きな眼鏡がチャームポイント。本編において、自力での転身パターンはガイに次いで多い(ガッツのスーパー転身は、各ピースストーンの力を借りたもの)。シール裏面およびキャプテンガッツの大航海の漫画版では常に敬語でしっかりした性格だがアニメ版ではかなり砕けた性格である。
本編で見せた転身パターンは、以下の通り。
レディファイター(戦士)
レディナース(看護婦)
レディクンフー(格闘家)
レディクイーン(レースクイーン)
約束の橋 チーム 赤ずきん リコニー エジンバラ さくもん コモドド モスリン べにえび エンジン オーリ センデ ジーピー シーアイ マンサク ジュエリー トニック チューナー マンデート シャン だいろ 一千一秒 大人の生活 スキーム エイハラ スラロー ロータリー ティズム シンボル オヤマ ファシリ センタ テラコッタ センシ ツール モチーフ ギョリュ モジュ 中仙道 ひわき ジャッカル ケミストリー ローズウッド トークン 一字千金 地上の星 キャップ リーフ マナスル オーソラ

レディシェリフ(保安官)
レディポンポコ(タヌキの着ぐるみ)
シールでは第一弾から登場。メイクアップアーティストの「オーバーメイド」に転身するが、この姿は『大航海』に一度出たのみで、アニメには未登場。第二弾ではナース、クンフー、ファイターがラインナップ。三弾ではシェリフ、ポンポコ、クィーン(後者二つは漫画版の単行本の白黒ページに載っている)がラインナップされ、ゲーム特典として世に出ている。
ミニマンダー
声 - 矢薙直樹
シーホース号のコック。コック帽を被った黄色い恐竜で、転身すると「カラマンダー」となる。尚、シールではカラマンダーの腕は四本あるが、アニメでは二本である。シールでは第一弾にしか登場していないが、アニメではレギュラーになっている珍しいキャラ(恐らく、アニメ序盤のストーリーが『大航海』をベースにしていた為と考えられる)。
ホットセイ
声 - 町井美紀
レディ・メイドのペット。「グレートドン」「フライトドン」「ズドトドン」に転身できる。『大航海』ではズドトドンにのみ転身。
シールでは第一弾から登場、ズドトドンに転身していた。二弾ではグレートに転身。フライトは三弾にラインナップされたが、世には出なかった。
マタタビ丸
声 - 荻原秀樹
ファッツ達と共にシーホース号に乗っている猫の忍者。アニメではつちわらしと同じようにマストの上にいることが多い。マタタビを食べると、獣王忍者「オタケビ丸」に転身する。のんびりしたような風貌のマタタビ丸とは一転して、オタケビ丸はゴルコギャルからも「いい男」と評される程の長髪美形の獣人の姿である。義に厚く勇猛果敢な性格で、強さと優しさを持ち合わせている為、良き戦友同士であるガッツやジャンヌからとても信頼される心強い味方。ちなみに敵であっても動物であっても女性(おなご)とは戦わない。シール第一弾では転身条件が逆で、マタタビで酔っている状態からしらふになるとオタケビ丸に転身していた。アニメでは初盤はレギュラー的存在だったが中盤からは木の国に残り、鬼影から解放されたネコマタ丸(タテガミ丸)にその座を譲る。
木のピースストーンを使って「スーパーオタケビ丸」になれる。
シールでは一弾から登場、ピースストーンゲットシール(木)のキャラクターでもあった。二弾ではスーパー転身版がラインナップ。第三弾では鬼影を改心させた後、彼にピースストーンを託して去るというシールが予定されていた。

2009年02月11日

妖怪大戦争 (2005年の映画)

『妖怪大戦争』(ようかいだいせんそう)は、2005年に公開された日本映画。この映画の企画の発端は1968年に公開された大映の同名作品『妖怪大戦争』にあり、そのため本作はそのリメイク企画の作品であるが、時代設定・登場人物・筋立て等あらゆる面で全く異なっており(登場する妖怪の一部は旧作に準じており、特に旧作で主役級の役割を果たした河童は今作品でも同様に扱われている)、実質上別作品と言えるくらい違う映画になった。2作品で共通するのはジャンルとタイトルのみと言っても過言ではない。
イルカ カッション イナリー ヒンズー ケミカル ヤブラン おりあお パララ アリーナ テリア キンバ マキャベ フードル ハイファイ マイル けんち バルジ ビリティ ビスケ ボール オセロッ ロス ストップ マリン ローエン ランタナ ギブアウ キドニー コーヒー ヒヤシ ファクタ ジュレハ ショベルカ ライフ リック ドレス シーエム ガヤツリ レーン ケション ナラタ プレイ デパオク グロテ ハジャイ トリック シロシ ドット リナッ フィア

角川グループ60周年を記念して製作された。2002年11月、作家の宮部みゆきと雑誌『怪』編集部の、68年の『妖怪大戦争』に関する雑談がきっかけになり、同じ頃設立された(株)角川大映映画の企画として取り上げられた。水木しげる、京極夏彦、荒俣宏、宮部みゆきが「プロデュースチーム『怪』」として製作に参加、2004年7月13日にロケ地である鳥取でクランクイン(撮影開始)、9月1日に調布市の角川大映スタジオで製作記者発表が行なわれた。11月21日には火災によりセットの一部が焼失する事件があったが、2005年1月16日にクランクアップ(撮影終了)となり、8月6日に全国松竹・東急系劇場にて公開に至った。

角川大映映画の処女作として13億円の制作費をかけ、スタジオ内に森・沼・吊り橋などの大規模なセットを設け、妖怪は3000人ものエキストラを動員して撮影した。コンピューターグラフィックも用いているが、全面的に頼る事はせず、手作業やアナログの映像にもこだわりを見せている。監督は三池崇史。主演は神木隆之介。主題歌は同映画で妖怪ぬらりひょんとしても出演している忌野清志郎と井上陽水。サントラCDと主題歌&挿入歌のCDは同年7月27日に発売。

テレビでの地上波初放映は2006年8月11日であるが、物語の重要なキーワードである「真っ白な嘘」及びそれに絡む多くの部分、そして「本当の結末」が電波に乗らなかった他、妖怪件(くだん)や一つ目小僧の登場場面をはじめ多くのシーンやカットが削除されており、劇場公開時とはかなり異なった内容となった。

あらすじ
主人公、稲生タダシはひ弱な都会っ子。両親の離婚に伴って母方に引き取られ、母の故郷・鳥取で、ボケの始まった祖父と3人で暮らしている。しかし、田舎暮らしになじめず、学校では都会育ちゆえに悪ガキ達にいじめられる、うんざりな毎日を送っていた。そんなタダシが夏祭りの夜、この世が危機に陥った時に人々を救うという「麒麟送子」に選ばれる。「麒麟送子に選ばれた子どもは、大天狗が住む山へ伝説の聖剣を取りに行かなければならない!」そう悪ガキ達にはやし立てられ、バカにされたタダシは意を決して山へ行く。が、恐ろしさのあまり逃げ帰ってしまう。しかし、行方知れずになった祖父の助けを求める声が山から聞こえ、否応無しに再び山に足を踏み入れる。怯えるタダシを待ち受けていたのは、恐しくも愉快な妖怪達だった。

彼らとの出会いによってタダシは、歴史の闇に追いやられた古代日本の先住民族の怨念をまとった魔人・加藤保憲率いる悪霊軍団との戦いに巻き込まれてゆく。

メディアミックス
漫画版は、雑誌『怪』 Vol.17 (2004年10月刊)から Vol.19 (2005年7月刊)に連載された後、終末部分を追加して単行本にまとめられたものが2005年8月1日に刊行された。鳥刺し妖女アギが『河童の三平』や水木の短編作品等に登場する魔女花子(『ゲゲゲの鬼太郎』の猫娘を思わせる容姿)に置き換えられ、川姫の役割の重要度が小さくタダシとの心的交流も無く、機怪の代わりにナンジャラモンジャラという怪物が出て来るなどの相違があるが、特に前半部分は映画の筋に忠実である。

小説版は2005年5月30日に初版が出ている。全体に映画との違いが大きい。映画では既に離婚していたタダシの両親は物語の終末で離婚し、その際父母のどちらを選ぶか決断を迫られたタダシが本心を隠して母を選択した事が「真っ白な嘘」であるとされる。また、タダシの姉タタルが重要な役割を担っている事、アギや川姫の出自が日本歴史の闇の部分と深く関わっている事、アギと加藤保憲の関係も綿密に描かれているなどの点が映画と異なっているが、ヨモツモノ工場で機怪を作り出して人間社会に攻撃を仕掛ける、妖怪たちが東京に押し寄せる、妖怪大翁の登場等の物語の大筋は映画と共通する。

2009年01月24日

カズマの親友であり便利屋に仕事を斡旋


ストアッ ソードフ こりー テレホブ ヘンジ ガーべジ ミュータント アシッド ゲリコ チェスト キャリア オープン モンゴ ストリー ビッチ シェイク モック マジャ クリアス テネリ ロム ジュエル ルブリク リムジン エナメルレ ダルフ ファウ ライト デスク ロック カクテル セシウム リカステ キンレン モンキ 花の坊 ワイン ウィキ ミゼット サイコ ステージ 黒船 ゲルマ オメガ ハリウッド ソーラー ケイン セレナイト テーラー フロップ
君島 邦彦(きみしま くにひこ)(声:山崎たくみ)
カズマの親友であり便利屋に仕事を斡旋するフィクサー。カズマとはロストグラウンドで共に仕事をするパートナーでもあった。17歳。カズマを最も信頼する一人であり、逆境の際には弱音を吐きながらも、常にカズマと行動を共にしていた。また、カズマにとっても彼の存在は大きかったようであり、寺田あやせが敵として登場した際にも、カズマは君島の幻(カズマ自身の想いともいえる)によって復活し、勝利している。
アルター能力者ではない己に劣等感を抱き、であるが故に能力者に引けを取らないような命懸けの役回りを己に課す。自らを人質の身分に追いやり、体を張ってカズマをサポートした事もある。カズマやビフを含むネイティブアルターの連合が結成されたのは君島の功績であり、人脈の広さが窺える。
苦戦するカズマを助けに行く道中、武装警察ホールドの一般隊員に銃撃をうけ、その傷が元でカズマの背で静かに息を引き取る。カズマの、「迷わない、一度決めたらとことん貫く」生き方に憧れ、最終的にはその生き方を貫いた生涯だった。彼の名言「意地があんだよ、男の子には!」はカズマも後に使用した。カズマは彼の名言を実際には聞いてないにも関わらず、この言葉を口にしたことから二人の友情が伺える。
寺田あやせに恋心を抱いていた。アニメ版では両者とも別々の場で命を落とし、結ばれなかったが、漫画版では夫婦になっており、一子を授かっている。
女性に対しては過剰に意識していて、箕条が女ではないかという疑惑を抱いていた。
ストレイト・クーガー(声:津久井教生)
ホーリー隊員。元ネイティブアルターで、荒野側にいた頃はカズマとは兄弟のような間柄だった。カズマの戦いの師匠でもある。荒野側を離れる際に長年組んでいたカズマと一方的に別れており、彼からは再会時に恨み言を言われた。常に速さを求めており、口調や行動、アルターにその信念が見てとれる。21歳。
ネイティブアルター時代は最強と呼ばれたアルター使いだったが、インナーの人々の生活への介入を控えると言うジグマールとの契約の下、ホーリーに入隊。本土で精製を受けており、その際にほんの少しだが「向こう側」を垣間見ている。
最終話にてカズマと劉鳳の戦いを見届けつつひっそりと生涯を終えたかのように思えたが、実は小説版「スクライド・アフター」にユウの兄貴として名前は伏せられ「速さをひたすら求める男」として登場している。が、やはり無常による攻撃によって不自由な体となり、死期が迫っている事を自覚している。現在はユウの前から立ち去り、行方不明(担当声優の津久井教生によれば「あのシーン(26話)は居眠りのつもりだった」とコメントしている)。
契約を経て自らの上司となった隊長のジグマールに対し、一定の信用を置いている。ある時は水守の件で命令違反を犯し、ジグマールと対立しつつ、またある時はホーリー内の機密を漁る無常矜侍の部下を捕らえ、ジグマールに差し出す等、己のルールを優先させながらも最後までジグマールの部下であり続けた。ジグマールもまたクーガーを高く評価し、抜け目無いが故に頼もしい男として、いざという時の切り札として扱っている。
文化に並々ならぬ興味を示し、独自の文化論を胸に秘めている。これは荒野側から市街側へ移住し、人生の途中から先進的な文化に触れてカルチャーショックを受けた彼の経歴が為せる業。文化の象徴といえる読書を好み、暇さえあれば何かを読んでいる。水守とシェリスが劉鳳について語り合っている際、クーガーは『ウサギとカメ』を読みつつ嘆く等、時に書の内容に寓意が込められている。
桐生水守に惚れ込み、度々、彼女を手助けする。ホーリー所属の役得で彼女へ重要な情報を提供したりもした。彼女の前ではしばしば早口で自論を捲くし立て、大抵の場合は呆れられ、迷惑がられる始末。水守は劉鳳を好いていた為、クーガーの想いが実る事は最後まで無かったが、それでも本人は片思いだけで満足げでそれを文化の神髄とまで称した。
人の名前をよく間違え、カズマや水守は迷惑していた(間違える対象は彼にとって重要な存在に限定され、尚且つ重要な場面では間違えずに呼んでいたことから、作為であることが窺える。ちなみにカズマのことは「カズヤ」、水守は「みのり」と呼んでいた)。
その強烈な言動や性格から今でも根強いファンが多い。終盤にカズマから二度だけそう呼ばれたことから、ファンの間ではアニキと呼ばれている。
速さを極めてるだけに、風力・温度・湿度を一度に何の計測器も使わず全て確認できる。
また、裏設定によるとカズマと出会う以前はかなりのワルだったらしい。
橘 あすか(たちばな あすか)(声:岩永哲哉)
ホーリー隊員。貧しいインナー出身で、隊員として市街で裕福な生活を続ける事に固執している。16歳。カズマに敗れた為に隊長命令でホーリーを除隊。復帰を懸けて独断で再戦を挑むも再敗北。望みは叶わねど、カズマの影響を受け、新たな生き方を見出す。その後はブローカー会社を設立し、水守と組んでロストグラウンド復興に尽力している。元同僚のクーガーは水守目当てで頻繁に事務所を訪れ、その縁で除隊後も彼との交流が続く。彼からは「社長」と呼ばれることがある。
たった一度の任務失敗でクビにされた事から、隊長のジグマールへ私怨を向けている説がある。ジグマールがネイティブアルター全体の将来を案じて本土側と取引しているとクーガーから聞かされても、ジグマールへ感謝や共感を寄せず、疑心を崩さなかった。その点をシェリスに指摘されるとはぐらかした。
ランクこそB級の能力者だが、その能力の汎用性は非常に高い(攻撃、生命体操作、治癒力促進、発光、人命救助等)。登場人物中、最も多芸と言っても過言ではない。
恋人はキャミィで、彼のデジタルウォッチに写真が飾られていた。最終話にてロストグラウンドから避難していたキャミィが彼の元に戻ってきている(避難後に再び帰郷した人の割合は全体のおよそ20%)。小説では彼女と結ばれ一児を儲けている。
橘あすかの髪型はアニメの無限のリヴァイアスの相葉昂治と蓬仙あおいをミックスさせた平井久司さんのデザインとのこと。

ネイティブ
寺田 あやせ(てらだ あやせ)(声:西原久美子)
ネイティブアルターで、二度に渡ってカズマや君島と共闘。ネイティブアルターの連合による作戦が失敗に終わり、ホーリーに捕らわれ、本土に身柄を移送されてしまう。その後は病気に倒れた弟の明の治療をするため無常に協力し、本土で精製を受けアルターを進化させ、ロストグラウンドへ帰還してカズマと戦闘。その最中、右手につけた明の心拍数の表示装置で明の死を知り、戦意喪失。無理やり強化したアルター能力がたたり、カズマの腕に抱かれ眠りにつく。
カズマに対して好意を抱いていた様で、最期の瞬間などにもその想いを露にしていた。君島と並んでカズマのその後に影響を及ぼした一人である。
ビフ(声:松尾銀三→島田敏)
ネイティブアルターで、ロストグラウンドでは無法者チームのリーダーでもあった実力者だったが、ホーリー撃退作戦の最中、あやせと同じく捕らわれて本土送りとなり、精製を受ける。橘あすかを圧倒するほどの力を得た代償に、自我がなくなってしまい、「ハンマー」という叫び声しか発せなくなる。最後はカズマとの戦いの中で己を見出し、ダース達共々アルターごと崩壊する足場から、敢えてその身を落とす。
カズマとの関係性は、最初は敵で、次は味方で、最後はまた敵という、変遷の激しいものであった。
ちなみに無法者チーム内での呼称は「ビフ君」。自称する時も「君」を付けている。
ドレッド・レッド(声:堀之紀)
君島から招集を受けながらもネイティブアルターの連合に加わるのを拒み、あやせやビフのように本土へ移送されずに済む。ロストグラウンド再隆起の混乱に乗じてインナー住人を監禁して強制労働に従事させていたが、記憶を無くした劉鳳によって倒される。知恵の輪が趣味で、自らを知恵のある者と位置付けている。
須藤 聡(すどう さとし)(声:水内清光)
チンピラ風の風貌のネイティブアルター。君島に招集されるがホーリーに捕らえられ本土の研究所に送られる。その後精製されダース部隊としてロストグラウンドに派遣され、カズマ達に倒される。
バッチョ・西島(声:松本大)
長ランに学生帽という蛮カラファッションのネイティブアルター。「番長」と「バッチョ」が掛かっている。戦闘ではUFOのようなアルターに乗っている。君島に招集されるがホーリーに捕らえられ本土の研究所に送られる。その後精製されダース部隊としてロストグラウンドに派遣され、カズマ達に倒される。
ナサローク(声:永澤菜教)
ネイティブアルターの自称お姉さんだが実際はおばさん。君島に招集されるがホーリーに捕らえられ本土研究所に送られたようだが、その後は不明。

2009年01月17日

ライトノベルの様式を取る成人向け小説

ライトノベルに近似した様式を取りながらも、アダルトゲームなどを原作にし性描写を主眼に扱った成人向けの小説や、美男子同士による同性愛を描いたボーイズラブ小説なども盛んに発売されている。さらにそれらの中でも近年、男性向けのオリジナル成人向け小説が盛り上がっており、決して小さくない市場を形成している。ただし、このジャンル自体は、単純なライトノベルからの派生とは言い切れず、1980年代の中頃から1993年頃に掛けて、アダルトアニメの『くりいむレモン』シリーズのノベライズ作品を中心に刊行した富士見書房の富士見美少女文庫にまで起源を遡ることができるものであり、ライトノベルと比較しても決して目新しいものとは言えない[要出典]。

その後、主に官能小説を手掛ける出版社を中心に数多くのレーベルが作られている[10]。近年では一時期このジャンルから事実上撤退していた成人向け書籍大手のフランス書院が2003年5月に美少女文庫というレーベルを新たに創刊して再参入。さらにマドンナ社が同社の官能小説レーベルであるマドンナメイト文庫の内部で派生させ、白を基調とした装丁でアニメ調のイラストを起用した作品を発売した後、本格的に独立したレーベル二見ブルーベリーシリーズを刊行開始。さらには以前から新書の形で発行してきたキルタイムコミュニケーションが、従来の新書版の二次元ドリームノベルズから派生した二次元ドリーム文庫を立ち上げるなど盛んに動きがある[要出典]。

これらにより、現在では発行される文庫の男性向けオリジナル成人向け小説の内でも半数近くが、ビジュアル面も含めてライトノベルの様式を踏襲したものになるなど広がりを見せている。ただし、ライトノベルレーベルと比較すると取り扱う書店が少なく販売部数も少ない。この為、ジャンル全体としてもヒット作には恵まれにくい体質となっており、その上、文庫オリジナル作品はアダルトゲームとの競合があるのでアダルトアニメなどのメディアミックス効果への期待はほとんどできないなど、レーベル経営に際しての課題は非常に多い。結局はヒット作不足や作家不足のため、ごく短期間の内にレーベル活動そのものが終わったり、アダルトゲームとのメディアミックス作品に限定するなど活動規模を縮小するレーベルもさして珍しいものではない。[要出典]

ただし、通常はこれらをジュブナイルポルノなどと呼び、ライトノベルに含めず別ジャンルとして扱うことが多い。また、ライトノベルの作家がこれらのレーベルで執筆する事も見られるが、この際にはペンネームを変えているケースもある。[要出典]

近年の動向
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角川グループホールディングスと新規参入出版社
現在、ライトノベル販売上位作品を多く出している少年向けレーベルとしては、

電撃文庫(アスキー・メディアワークス)
富士見ファンタジア文庫(富士見書房)
富士見ミステリー文庫(富士見書房)
ファミ通文庫(エンターブレイン)
角川スニーカー文庫(角川書店)
スーパーダッシュ文庫(集英社)
MF文庫J(メディアファクトリー)
HJ文庫(ホビージャパン)
GA文庫(ソフトバンククリエイティブ)
ガガガ文庫(小学館)
一迅社文庫(一迅社)
西尾維新文庫(講談社)
等が挙げられる。この中でも、角川グループホールディングス(旧・角川ホールディングス)傘下の出版社から発行されている電撃文庫、富士見ファンタジア文庫、角川スニーカー文庫はライトノベル御三家レーベルと呼ばれ[要出典]、ライトノベル市場およびライトノベル関連のメディアミックス市場を寡占的に制する状況が長く続いている。

1992年、経営上の対立から角川書店の当時の社長角川春樹の弟である角川歴彦らを中心としたメンバーが角川書店を退社してメディアワークス(現アスキー・メディアワークス)を設立。角川スニーカー文庫から水野良・深沢美潮・中村うさぎ・あかほりさとる等の人気作家を引き連れて電撃文庫を創刊。主婦の友社と提携し販売を行なっていたが、春樹は1993年8月29日コカイン密輸事件で逮捕される。これによって歴彦は角川書店側に請われて角川書店の社長も兼務することになり、メディアワークスも1999年に主婦の友社との提携を解消して角川ホールディングス傘下となる。

富士見ファンタジア文庫を持つ富士見書房は、角川書店の子会社として設立された経緯から角川書店との関係が深く、元々は国文学主体の出版社であった角川書店が出版しない書籍を富士見書房の名前で発売するという形態をとり続けた。その後角川書店に合併されてからは角川書店富士見事業部となり、「書房」とは名乗っているものの角川書店の一部門であった。現在は再び角川グループホールディングス傘下の独立会社となっている。

1999年頃、経営を悪化させた当時のアスキー(旧社)は『週刊ファミ通』を始めとするゲーム雑誌や子会社のアスペクト(現在は独立)が手がけていたファミ通文庫などのエンターテイメント系事業を完全子会社であるエンターブレインに集約。その後、グループの持ち株会社であるメディアリーヴスはユニゾンキャピタル傘下を経て2005年に角川ホールディングスの傘下となり、旧社より社名と『月刊アスキー』他の出版事業を継承したアスキー(新社)は2008年にメディアワークスと合併。現在はアスキー・メディアワークスとなっている。

このような複雑な経緯により、角川グループホールディングス系は、少年向けライトノベルレーベルだけでも、

角川スニーカー文庫
富士見ファンタジア文庫
富士見ミステリー文庫
電撃文庫
ファミ通文庫
の5つを傘下に収め、市場の7割[4][5]から8割[11]という圧倒的なシェアを誇り、現在もそれぞれのブランドを存続させる中で個々の特色と方向性を打ち出すと共に、2007年には上記5レーベルで読者投票により大賞を決める「ライトノベルアワード」を開催している。

そのようなライトノベルの角川グループホールディングスの寡占状態の中に、一般全国新聞への記事の掲載などにより注目されたためか、2000年代中盤から竹書房や小学館などの再参入(竹書房は2007年を以て再度撤退)以外に、ホビージャパン、ソフトバンククリエイティブ、一迅社などが独自レーベルで新規参入している。その他にも、様々な自費出版系の出版社などもライトノベルのレーベルを出版している。しかし、一部の自費出版系の出版社が詐欺的ともいえる商法を扱っていることから批判を集めている。